2019年1月25日金曜日

相手に勝る必要はないのに戦う性格、恋愛にも結婚にも障害になる

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自分を相手より利口に見せても愚かに見せても、得る所はない。
アイザック・ニュートン 
天体の運動はいくらでも計算できるが、人の気持ちはとても計算できない。
アイザック・ニュートン 
目の前には手も触れられていない真理の大海原が横たわっている。だが、私はその浜辺で貝殻を拾い集めているに過ぎない。
アイザック・ニュートン
もし私が価値ある発見をしたのであれば、それは才能ではなく忍耐強く注意を払っていたことによるものだ。
アイザック・ニュートン
新しい集団に入ったら、その集団の気風をよく見きわめて、自分をそれに合わせる。これで交際ものびのびした屈託のないものになる。
アイザック・ニュートン 
他人を引き合いに出してほめるのは、避けたほうがよい。
アイザック・ニュートン 

成功に必要なことをあえて一つ述べるとすれば、それは、「つねに願望や目標について考えることだ」と言うことに尽きると思います。なぜなら、私たちの人生は私たちの「思考」でつくられているからです。
アイザック・ニュートン 
プラトンは私の友、アリストテレスは私の友。しかし、最大の友は真理である。
アイザック・ニュートン 
天体の動きなら計算できるが、群集の狂気は計算できない。
アイザック・ニュートン 
私が遠くを見ることができたのは、巨人たちの肩に乗っていたからです。
アイザック・ニュートン

2019年1月5日土曜日

恐ることはない、誰でも不幸の時はあるけど、抜け出せばいい恋愛や結婚生活の相談

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シャルル・ボードレール


災難は人間の真の試金石である。

他人の感受性を軽蔑してはいけない。感受性はその人の才能なのだ。

悪魔の最も見事な狡猾さは、「悪魔はいない」と信じ込ませることだ。

神は支配するために存在することすら必要としない唯一の存在である。

おお主よ、われに力と勇気を与え給え、わが肉、わが心を嫌悪の念なく見んがために。

神が存在しないとしても、やはり宗教は神聖であり神性を備えているであろう。

悪魔を信ずるは悪魔を愛するよりはるかに難し。

およそ人間ほど非社交的かつ社交的なものはない。その不徳によりて相集まり、その天性によりて相知る。


2018年11月21日水曜日

悲しみも喜びも消えていく、だからいいのだ、恋愛結婚相談と恋愛を始めるときOBERON六本木

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悲しみは解ける、五月の雪のように、そんなに冷たいものなどはありはしないように。 
ジョージ・ハーバート 
恋愛での傷は固まった氷のごとく溶けづらいが、新しい愛が溶かすのも事実。
唯新しい愛がいつ来るかで、硬さが異なる。

2018年10月9日火曜日

恋愛も結婚も人間関係論だ、愛は育てるもの、恋愛相談

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『ブッダのことば』岩波文庫 中村元訳

544 尊い方よ。あなたに敬礼します。最上の人よ。あなたに敬礼します。神々を含めた全世界のうちで、あなたに比べられる人はおりません。
545 あなたは覚った人です。あなたは師です。あなたは悪魔の征服者です、賢者です。あなたは煩悩の潜在的な可能力を断って、みずから[彼岸に]渡りおわり、またこの人々を渡すのです。
546 あなたは生存の要因を超越し、諸々の煩悩の汚れを滅ぼしておられます、あなたは獅子です。何ものにもとらわれず、恐れおののきを捨てておられます。
547 麗しい百蓮華が泥水に染まらないように、あなたは善悪の両者に汚されません、雄々しき人よ、両足をお伸ばしなさい。サビヤは師を礼拝します。」
 そこで、遍歴の行者サビヤは尊き師(ブッダ)の両足に頭をつけて礼して、言った、──「すばらしいことです、譬えば倒れた者を起こすように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさま種々のしかたで真理を明らかにされました。ここでわたくしはゴータマ(ブッダ)さまに帰依したてまつる。また真理と修行僧のつどいとに帰依したてまつる。わたくしは師のもとで出家したいのです。完全な戒律を受けたいのです。」  (師はいわれた)、「サビヤよ。かって異説の徒であった者が、この教えと戒律とにおいて出家しようと望み、完全な戒律を受けようと望むならば、かれは四カ月の間別に住む。四カ月たってから、もういいな、と思ったならば、諸々の修行僧はかれを出家させ、完全な戒律を受けさせて、修行僧となるようにさせる。しかしこの場合は、人によって(期間の)差異のあることが認められる。」  「尊いお方さま。もしもかつて異説の徒であった者が、この教えと戒律とにおいて出家しようと望み、完全な戒律を受けようと望むならば、かれは四カ月の間別に住み、四カ月たってから、もういいな、と思ったならば、諸々の修行僧がかれを出家させ、完全な戒律を受けさせて、修行僧となるようにさせるのであるならば、わたくしは(四カ月ではなくて)、四年間別に住みましょう。そうして四年たってから、もういいな、と思ったならば、諸々の修行僧はわたくしを出家させて、完全な戒律を受けさせて、修行僧となるようにさせてください。」  さて遍歴の行者サビヤは(直ちに)師のもとで出家し、完全な戒律を受けた。それからまもなく、この長者サビヤは独りで他人から遠ざかり、怠ることなく精励し専心していたが、やがて無上の清らかな行いの究極──諸々の立派に人々はそれを得るために正しく家を出て家なき状態に赴いたのであるが──を現世においてみずからさとり、証し、具現して日を送った。 「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存を受けることはない」とさとった。そうしてサビヤ長老は聖者の一人となった。